たかが米粒、されど米粒「日本の食文化」

皆さんは子どもの頃、親や学校の先生に「米粒一つ残すな!」と言われた記憶はありませんか?

米粒一つ残さないというその言葉の奥には「もったいない精神」、お米を一生懸命作ってくれた農家の人、ご飯を炊いてくれる人に対する「感謝や敬意の気持ち」、そして箸の持ち方や出されたものは残さず食べるという「躾」「食育」等々、たくさんの意味が込められています。

さて、これはある方(Aさん)の体験談になります。Aさんが小学生だった頃、母親が作ってくれたお弁当はおむすびではなく、炊飯器からご飯をそのまま入れた状態のものしか持たせてもらえなかったそうです。その理由を尋ねると、

・子供は固形のものは必ず箸で刺して食べるからお行儀が悪くなる。

・箸をきちんと使って欲しい。

とのことでした。しかし子どもですからね・・・(笑)友人のお弁当に入っているおにぎりを見て常々羨ましく思っていたそうです。

「おにぎりがいいな」そう思い続けたAさんは、小学校5~6年生になると「作ってくれないなら自分で作る」ことにしたのです。お弁当の日はいつも自作。俵、三角、球・・・あんなのがいいなと思った形は全て作り、おにぎりだけでなくお弁当の中身は勿論、兄弟の分も作るのがAさんの役目になりました。

お弁当を作るためには早起きをします。自分で作ることの喜びや難しさを知り、やがてそれは「してくれた人、してくれる人への感謝」に繋がるわけです。たかがお弁当のご飯ですが、母親がやり過ぎなかったことによりAさんは「自分ならこうするのに」という想像力、独創性、行動力を身に付けることができました。箸で米粒を掴むことは脳の活性化にも繋がります。Aさんの母親にはそんな意図もあったようです。「小さい頃にお米を通して学んだことで役に立たなかったことは何一つ無かった」と語ってくれました。

飽食の時代へと変化した日本の食生活。皆さんの食卓は、たかが米粒になっていませんか?米粒一つを大事にしていた日本の文化を次の世代に一緒に繋げていきませんか?

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